恋愛免疫不全症候群 - (EPUB全文下载)

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ダリア文庫ｅ
　恋愛免疫不全症候群
春原いずみ　
◇ＣＯＮＴＥＮＴＳ
　　恋愛免疫不全症候群
　　あとがき
　この作品はフィクションです。
　実在の人物・団体・事件などに一切関係ありません。
◇恋愛免疫不全症候群
　　　ＡＣＴ　１
　ロッカーを開けて、棚に手を伸ばすと、杉
崎
聡

は常備してある無香料のジェルを手に取った。ざっと髪に馴
染

ませて、かき上げる。
　深くため息をついて、ロッカーの鏡を見ると、いつもはさらさらと白い額

や耳を覆

っている素直な髪がすべてかき上げられて、少し緊張した小さな顔がそこに映し出されていた。
　端整な顔立ちである。ひとつひとつのパーツがあるべき場所にあるべき角度できれいにおさまり、まさにケチのつけようのない顔立ちだ。人間の顔の黄金比率で見事なまでに構成されているのが彼の顔であり、美容外科のテキストに載ってもおかしくないほどの美
貌

である。
　しかし、彼にとってはその美貌も見
飽

きた顔であり、さっさとロッカーを閉じると、サイズ別に棚に積み上げられている濃いブルーの術衣を無造作にとって、着替え始めた。襟

がＶ字に開いたＴシャツ型の上衣に紐

で締める形のズボン、素足にサンダル履

きになると、更衣室を出た。
「お疲れ様です」
　手にした帽子をかぶり、マスクをつけてしまうと彼の顔はすっかり隠れてしまい、見えるのは深い二重の目だけだ。切れ長で瞳の色の濃い目は、印象が強い。所
謂

目力である。
　ステンレスの流しに向かい、膝

でペダルを軽く蹴

るとお湯が出てきた。ヨードチンキのような色をした消毒液で手を洗い始める。ざっと肘

のあたりまで洗ったところで、看護師が大きなセッシで摘

んだブラシを差し出した。それを使って、さらに丁
寧

に手を洗っていく。
　この手洗いは、ただの手洗いではない。オペ用のきちんと手順が決められたもので、慣れていないと十五分以上もかかってしまう代
物

だ。いくらこの上に滅
菌

されたゴム手袋をするとはいえ、この手で人間の身体の中をいじくり回そうというのである。いくら丁寧にやってもやりすぎることはない。
「骨接合術、三連チャンだって？
」
　隣で手を洗いながら声をかけてきたのは、脳神経外科医の櫻
居
優

だ。すらりとした長身のハンサムな男である。
「相変わらず働き者だね。うちの整形外科医長殿は」
「先生ほどではありません」
　杉崎は淡々とした口調で答えた。男性にしては少し高めの中性的な声だ。しかし、響きが落ち着いて、冷たいと思えるほど抑
揚

がないので、甲
高

い感じはしない。
「ご自分が執
刀

なさるマイクロサージャリーの後に、麻
酔

管理を二件こなす気力は僕にはありません」
「どういたしまして。神経は使っても、体力は使わないから。俺、神経太いの」
　櫻居ののほほんとしたジョークに、杉崎はうっすらと笑って、タオルを手にした。ペダルを踏んでカストと呼ばれる滅菌されたステンレス製の入れ物を開けて、中からハンドタオルを取り出し、これも指定された手順で手を拭

いていく。
「しかしさぁ、杉崎先生。その華
奢

な身体から、何であんな力出てくるの？
　先生の力
業

は凄

まじいって、この前来てた学生どもが舌巻いてたよ」
　無
駄
口

を叩

いていても、さすがに手
練

れの脳神経外科医だ。手洗いに無駄はなく、ざっと水を流すと、同じようにタオルを手にしている。
「華奢な方じゃないと思いますが」
「俺みたいな大男に比べりゃ、十二分に優
男

よ」
　櫻居が呵
々

と笑う。
　確かに百八十センチ半ばの長身で、男性らしいバランスの取れた体格を持つ櫻居から見れば、十センチ以上背が低く、ほっそりとしたしなやかな体つきの杉崎は優男としか言いようがないだろう。
「骨接合は力尽

くにやるものではありません。ポイントを押さえていれば、それほどばかげた力はいりません。先生なら、そのくらいのこと、ご存じでしょう？
」
　研修医時代も含めて、何度となく派遣先が重なり、それなりに長い付き合いだが、絶対に丁寧語の知り合いの域から出てこない整形外科医に、櫻居は意味深にウインクして見せた。
「まぁね。それに、杉崎先生はわりと着やせするタイプだってことも知ってるし」
「……」
「脱ぐと凄

いんですってのは女だけじゃないよな。先生も脱ぐと結構きれいに筋肉ついてる……」
「櫻居先生」
　ガウンのパッケージを手にして、耳も目もダンボ状態になっている看護師を横目に、杉崎は軽く首を振った。櫻居がひょいとホールドアップする。
「失言失言。申し訳ない」
　良くも悪くも、院内での杉崎の評判は『清潔』だ。生々しい男っぽさなど微
塵

も感じさせない清
楚

な容姿に、静かな物腰。誰に対しても、決してフランクな態度を取らない、ある意味公平な彼に対して「何を考えているのかわからない」と敬遠する看護師や医師がいるのも事実である。そんな中で、どれほどつれなくされても、にこにこと近づいてくるのが櫻居である。
「ところでさ、先生」
　看護師にガウンを着せてもらい、後はオペ室内で手袋をはめればいいまでに支
度

のできた杉崎に、ふっと櫻居が声を落とした。
「形成の松
田

先生の後
釜

って話、聞いてる？
」
「松田先生の？
」
　形成。正確には形成外科。一言で言うなら、人体の形を整える診療科である。美容外科と混同されやすいが、生活に不自由のない人体にメスや薬剤を入れて、容姿を飾るのが美容外科で、こちらは保険適応がない。生活に支障が出るまでに変形したり、欠落したりした人体を整え、生活の不自由を取り除くのが形成外科である。形成には保険がきく場合が多く、医療行為として認識される場合がほとんどである。
「いえ」
「松田 ............

书籍插图：

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