上海脱出指令上 - (EPUB全文下载)
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书籍内容:
歴史群像新書
上海脱出指令
㊤ 租界封鎖
工藤 誉
目次
プロローグ
Ⅰ
:墜 落
Ⅱ
:喧 騒
Ⅲ
:密 命
Ⅳ
:憂 慮
Ⅴ
:名 誉
Ⅵ
:呪 縛
Ⅶ
:尊 厳
プロローグ
(一九三七年八月二十二日 上海)
白く煙る呉
淞
路
は、巨大な映画のセットの如く静まり返っていた。
中山書店と楷書で書かれた看板。
その真下に日本海軍上
海
特別陸戦隊の兵がうずくまっている。
書店の両脇には理髪店や米屋、酒屋などが立ち並び、一見内地と同じ町の風景を思い出させる。
北
四
川
路
の東に位置する呉淞路は、日本租界の目抜き通りだ。朝の十時を回り平時なら人混みで溢
れかえるのだろうが、今は人っ子一人歩いていない。
あたりには中国兵の放ったガスが充満している。
ガスの毒性を警戒し、兵たちは例外なく九三式防毒面を着用していた。
在留邦人の多くは既に避難している。
「工
藤
少尉を呼べ」
防毒面越しにくぐもった榎
本
大尉の声が響いた。
中隊を率いる榎本は海軍兵学校を首席で卒業したエリート士官だ。
艦隊勤務、軍令部の参謀……。
赤い絨
毯
が敷かれた道はいくらでもあったろうに、榎本が選んだ道はなぜか「陸
の河童」と揶
揄
される陸戦隊であった。
なぜ陸戦屋を選んだのでありますか?
榎本は部下にそう聞かれるたび「俺は本当に泳ぎが下手くそなのだ」と少し照れたように答えた。そんな時、決まって榎本の目は細まる。
すっきり通った鼻筋と、決して大きくはないが優しさを湛えた目。
そして、すらっと伸びた背丈。
一見、机仕事
が似合いそうな風貌ながら、図太い肝っ玉と慈愛の精神を持つ大尉は部下からめっぽう慕われていた。
ゴーグルの下から覗く榎本の目は油断なく周囲を窺っている。
「何でありますか……」
壁伝いに隊の先頭へ来た工藤少尉の顔を見て、榎本大尉はぎょっとした。
工藤は防毒面を被っていない。
「工藤よ。お前、いったい」
精
悍
な顔の工藤は通りに顎
をしゃくってみせた。
ぶち模様の野良猫が一匹ふらりと魚屋から姿を見せ元気に歩いてゆく。
「なるほど」
毒ガスではない、と悟った榎本大尉は素早く兵に「面取れっ」と指示した。
「驚かすな工藤」
「全くであります」
と、下士官上がりの少尉は涼しい顔だ。
相変わらずだな……。
防毒面を外した榎本は改めて工藤少尉を見つめた。
この男とは第一次上海事変以来、もう五年の付き合いになる。
背丈は人並みだが、軍服の下にはがっちり逞
しい肉体が隠れている。浅黒く日焼けした顔はやや四角張った輪郭だ。顎にはもう四日も剃っていない無精髭がうっそうと生え、中心には分厚い唇が皮肉げに構えている。
最も印象的なのは目だった。
切れ長の大きな造作は顔全体のバランスをやや欠いている。が、これを魅力に感じる女も多いだろう。屈強な外見とは裏腹に、憂いを湛えた漆黒の瞳は、どこか孤独な印象を見る者に与えた。
決して群れず、誰も従えず、上官にも媚
びることはない。
それが工藤信
一
郎
という男だった。
一九三七年七月七日、北京郊外の盧
溝
橋
付近で日中両軍が交戦を開始した。
不拡大に向けた外交努力も空しく戦火は中国各地へと広がり、国際都市上海は蔣
介
石
率いる国民党軍の精鋭第
十七、
十
師団に包囲された。
対日感情が悪化する中、日本軍士官や兵の失踪、射殺事件が相次いだ。
次第に市内は一触即発の緊迫した情勢となっていった。
そして
月十三日の夕刻、中国軍は駐留する日本軍に対し攻撃を開始した。
第二次上海事変の勃発である。
上海の共同租
界
を包囲した中国軍兵力は約四万。
一方の駐留日本帝国海軍は上海特別陸戦隊が二千二百、佐
世
保
と呉
から増派された陸戦隊が千二百、その他が六百で合計四千余りの守備兵力であった。
劣勢をものともせず、海軍陸戦隊は悲壮な覚悟で戦いを続けていた。
上海の共同租界にはイギリスやアメリカなど各国の軍隊が駐留している。
日本軍も中国国民党軍も共同租界を戦場にすることで、欧米各国をいたずらに刺激したくはない。
欧米側も共同租界の出入り口を封鎖し、高みの見物を決め込んだ。
必然的に両軍の主戦場は日本人居留民の多い虹
口
地区と閘
北
地区になった。
海軍陸戦隊司令大
川
内
伝
七
少将は、全部隊に「無理な前進をするな」と厳命している。
味方の増援は当分望めそうにない。僅か四千の兵力をいかに維持するかが戦いの命運を握っているからだった。
「工藤少尉」
榎本は慎重な口ぶりで聞いた。
「中国軍はどう攻めて来るだろうか?」
「恐らくですが……」
工藤は北に向いて伸びる呉淞路を指さした。
「虹口地区の北正面からは来ないでしょう」
「ほう。その根拠は何だ?」と、榎本大尉が聞いた。
「呉淞路の北方面は我が陣地から丸見えです。夜襲ならともかく昼間の突撃では犠牲が大き過ぎます」
なるほど、と榎本は頷いた。
「敵は正面衝突を避け、左手の崑
山
路方面からやって来る。そう言うのだな?」
「ええ」
工藤は、およそ百メートル先で交わる崑山路の交差点を見つめた。
手前の路上には土囊を積み上げた円形の陣地が築かれ、日本兵の先陣が潜んでいる。
その先に単身斥候へ出た三
好
兵曹は、昨夜変わり果てた姿で発見された。
呉淞路のカフェ内で数十発の弾丸を受け死亡していたのだ。その傍らには辱
めを受けたロシア人とイギリス人の女給が息絶えていたという。
斥候に出た先で中国兵の狼藉ぶりを見かねた三好兵曹は、単身敵に立ち向かい返り討ちにあったものと思われた。
工藤は真面目で実直な三好兵曹の人柄を買っていた。
戦場にどっかり根を張ると、いつしか人の死が当たり前になり鈍 ............
书籍插图:
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