嘘を愛する女 - (EPUB全文下载)
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噓を愛する女
岡部えつ
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*1
「光子さんたら、留
袖
を新調したんですってよ。わたしなんか、もう何回着たかわからないワンピース。覚えてるでしょ、襟
のところがレースの」
「うん。いいじゃない、お母さん、あれ似合うんだから」
金曜日の午後七時、わたしは福岡から上京していた母を伴い、青山の骨
董
通
りにあるレストランで、桔
平
を待っていた。
「まったくお父さんたら、せっちゃんの結婚式、あれだけ楽しみにしてたのに、三日前にぎっくり腰になるなんて、本当に馬鹿なんだから。それも、落っことした歯ブラシを、拾おうとしただけでなったのよ。年を取るって、いやねえ」
母は一昨日電話で話したことを、同じ口調で愚
痴
ってから、ちらりと腕時計を見た。
明日は、従妹
の結婚式だった。父の代わりに母と一緒に来ていた妹は、久し振りの東京なので大学時代の友人に会いたいと言い、この夜は、わたしが母の相手をすることになったのだ。
「彼、普通の会社員みたいに、ぴたっと定時に上がれる仕事じゃないから」
人が入ってきた気配に入り口に目をやり、桔平ではないことを確かめてから言う。
母は両眉を上げ、小さくうなずいた。髪をきれいに栗色に染め、爪もサロンで整えたのだろう、薄いピンクのフレンチネイルにしている。一昨日の電話で待ち合わせ場所を決めたあと、桔平に会いたいと言ってきた不意打ちは、いつから考えていたのだろう。狼狽
えるわたしに「いやならいいのよ」とたたみ掛けてきたのも、今となっては計画的に思える。わたしはそれにまんまと引っかかり、桔平の意向も確かめずに、会わせると約束してしまったのだった。
しかし待ち合わせの七時を五分過ぎても、彼は現れなかった。
『今どこ?』
とメールを打ちながら唇を嚙
み、今朝ベランダから見送った、細身の背中を思い出す。毎日わたしより三十分早く家を出る彼を、そうやって見送るのは、ずいぶん久し振りのことだった。無意識に、こうなることを予感していたのだろうか。
わたしは母に悟られぬよう、いつものことだという顔を作って「残業になっちゃったかな」と言った。
「そう、大変だわね。人の命を預かる仕事だものねえ」
母はそう言いながらも、落胆を隠さなかった。わたしがその何十倍も気落ちしていることにも気づかず、テーブルの水のグラスを乱暴に取り、がぶがぶと飲む。
「気にしないで、先に食べよう」
わたしが言うと、
「今、メールしたんでしょ。返事を待ってから決めましょうよ」
母は答えて、通りかかったウエイターに水のおかわりを頼んだ。
「だって、わたしお腹
空
いたもん」
わたしは、メニューを開いた。
「由
加
利
のそういうとこが、お母さん心配なのよ」
空腹になると機嫌が悪くなる性格は、この母から受け継いだということを思い出した。
「また始まった。男を立てろって言うんでしょ」
「あなたはいつも古臭いって馬鹿にするけどね、男と女ってのは、昔からそうやってうまくやってきたんだから。せっちゃんだって雅
美
だって、そういうとこはちゃんとしてるわよ。だから……」
そこで言葉を切るのが癇
に障
る。妹の雅美は三年前に結婚し、二歳の子供がいた。
腹は立つが、桔平が来ることを考えてこらえた。それに、母に思うところがあるのもよくわかる。何しろわたしは来月、三十歳になるのだ。
わたしは、大学卒業後に入社した大手の食品メーカーで、総合職として働いてきた。営業部で首都圏のスーパーを担当したのち、マーケティング部へ配属され、昨年会社が立ち上げた、各部門選出の女性だけのチームで商品開発をするという企画では、チーフに抜擢されてヒット商品も生んだ。それが認められ、今年はじめには、経済新聞が選ぶ『ウーマン・オブ・ザ・イヤー』を受賞し、記事にもなった。そして先月、マーケティング部商品企画課の、課長補佐に昇進した。多忙に拍車はかかっているが、充実している。自信もある。
そして、同棲して五年になる恋人は医師で、彼ももう、三十七歳なのだ。結婚を考えないほうが不自然だろう。
去年、一度だけ、結婚に触れたことがあった。さり気なく気持ちを確かめようとしたのだったが、悟られていた。
「自信がないんだ」
彼はそう言った。公園の湿った土に、散り始めた桜の花びらが、はらはらと落ちていた。以来、結婚の話はしていない。
わたしに対して、何か不満があるわけではないと思う。自惚
れではなく、ふだんの彼の態度から、それはしっかり感じることができた。とすれば、彼の望みは、今の状態のまま曖
昧
な関係を続けていくことなのだ。しかしそれでは、わたしたちはいつまでも家族になれない。わたしは妻になりたかったし、母にもなりたかった。
わたしの実家は、平凡なサラリーマン家庭だ。鉄鋼メーカーに勤める父と、専業主婦の母は、特別仲が良いわけではないが、互いに思い合っていることが窺
える、いい夫婦だった。たまに実家へ帰って二人に甘えていると、自分も早くこうした場所を作りたいと思う。二歳違いの妹は、東京の大学を出たあと田舎に帰り、不動産会社に就職して、そこで出会った人と結婚をした。できれば妹より先に、長女のわたしの花嫁姿を見たかったという両親の願いは、口にされなくても伝わってくる。わたし自身も、そうしたかった。
しかし、それを桔平に強く押しつけたくはなかった。古い考え方かもしれないが、望まれて結婚したいのだ。自信さえ持てたら、彼はきっとプロポーズをしてくれる。それまで待つつもりだった。そしてそのときは、遠くない先に待っていると信じていた。
一昨日、母が会いたがっていることを伝えたとき、桔平は ............
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